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ヨガ・仏教のすすめ[札幌]

札幌ヨガ・仏教の紹介です。札幌でヨガの先生をしているOKAのブログです。

第十九話 四念処

応用編

今日は仏教の奥義と言われている四念処の瞑想についてご紹介しましょう。

四念処とは4つの念する処と書いてあるとおり、4つのとらわれにより解脱悟りが得られないのでそのとらわれから離れる瞑想ということが出来ます。


その4つとは肉体、感覚、観念、心の働きです。
私たちはこの4つにより構成されており、この4つにとらわれることにより苦しんでいるのでそれらから解放する瞑想が四念処の瞑想になります。


まずは肉体のとらわれから解放する瞑想です。
肉体とは執着するものなのでしょうか。
肉体は外側だけ見たら綺麗に見えるかもしれません。

それを解剖学的に見ていきます。
表皮があって、筋肉があって、内蔵があって、骨があってと観想しています。
そうしたら綺麗だと思っていた女性や自分の肉体でもとらわれるものではないと錯覚から解放されます。

髪の毛もサラサラで綺麗に見えますが、顕微鏡で拡大したらダニがいたりトゲトゲだったりして決してとらわれるものではないとわかりますね。

肉体は90%以上が3年経つと全く別の細胞に入れ替わってしまうそうです。
つまり、3年前の肉体、3年後の肉体は今の自分とは全く別物ということがいえますね。
つまり、肉体は無常ですね。


次に感覚を見ていきましょう。
感覚というのは必ず楽しい感覚を増大させると苦しい感覚も増大します。

例えばいつも美味しいものを食べていると、不味いものを食べたときの苦痛が増大します。友人でこんな人がいました。グルメで毎日外食をしていたら、家の飯がまずくて食えなくなったということなのだそうです。
だったら普段から粗食にして味覚捨断してなんでも美味しい方が得ですよね。


よい音に執着すると嫌いな音を聞いたときの苦痛は増大します。
きれいな音を聞きたいと思えば思うほど例えばガラスを引っ掻いたときの音、道路の騒音などが苦しくなります。

触覚はどうでしょうか。麻酔を打つと痛みも感じなくなる代わりに気持ちがよい感覚もなくなります。反対に男性の股間なんか分かりやすいですが、快感を貪る場所は叩くと分かりますが痛みも強いことがわかります。


視覚、嗅覚も同じことがいえます。

感覚の楽と苦しみは表裏なんでね。


また、感覚というのは無常です。
失明することもありますし、味覚が衰えることもある、年をとったら音を聞き取りにくくなりますよね。
それでも目が見えなくなったとしても、耳が聞こえなくなったとしても自分の本質というのは変わらず、感覚が本質でなく本当の自分でないことがわかります。


仏教ってとても科学的ですね。



次に観念を見ていきましょう。
観念とはもっと分かりやすい言葉に置き換えると価値観、考え方のことです。
みんな色んな価値観を持っています。

例えばお金があると幸せだとか
豊かだと幸せだとか、
きれいな人は心もきれいだとか。
私は田中太郎だとか。


人や時代、場所により色んな価値観があると思います。
しかし、あらゆる観念が無常だということがいえます。

お金があっても戦争でお金が紙切れになったことはありますし、いつまで資本主義が続くかも分かりません。

豊かだと幸せという価値観は、確かに現代の先進国は経済的に豊かだといえますが、豊かでも不幸な人もいれば幸福な人もいます。逆に昭和や大正で貧しい人でも幸福な人もいれば不幸の人もいます。

現に私は生まれたときから物質的には何不自由なく暮らしましたが幸せではありませんでした。
現在はヨガの頭陀の行をしており、一日1食、あるいは二食で持ち物も本当に最低限のものを持つだけで生活していますが、豊かだったときよりも今のほうが幸せです。

それになぜか現代人は自殺者が多いです。特にこれだけ物質文明が優れた日本人に多いです。

物質的な豊かさと精神的な豊かさは必ずしも比例しません。


キレイな人は心が綺麗だという価値観も絶対的なものでないということがわかります。
テレビを見ていたら分かりますが、見た目が良くても性格が悪い人は一杯います。


自分が田中太郎だとか、自分の名前も観念ということができます。
自分が田中太郎でも太田花子でも名無しの権兵衛であっても、名前が変わっても自分の本質は変わりません。



最後に心を見ていきましょう。
心が絶対的なものという思想・宗教が多いですが、仏教では心ですら本質ではないと説きます。

心は無常です。必ず変化します。


今まで変わらなかった心というものはありますか?


すべて変化したと思います。
人生ずっと変わらなかったとしても死を境に変化してしまいます。


恋愛も同じです。ある実験では恋愛の感情は3年以上続かないという研究結果があります。3年以上続いているカップルは恋愛感情でなく別の感情で関係を続けているか、努力して関係を続けているというのです。

この実験結果を信じるか信じないかはみなさんにまかせますが、心が無常というのは私達が否定できない真実です。


他に心は無常だという分かりやすい例で多重人格者がいます。
私は以前、多重人格者とおつきあいしていたのですが、中学生の男性になったり子どもになったり、外国人になったりしました。


字も変わりますし、雰囲気も変わります。

多重人格者によっては、ある人格になると糖尿病になって他の人格に変わると糖尿病の症状が出てこないということがあるそうです。
人格が変わると習ったこともない言語を喋りだすこともあるそうです。


なぜこのようなことが起こるかといったら心は無常だからです。
死を境に魂は別の人格を持ち人生を歩みます。

多重人格者は心は無常という分かりやすい例ですね。


肉体・感覚・観念・心を超えた先に本質があり、それをアートマン、ヨーガでは真我といいます。
(もっと詳しく知りたい人はこちらへ→こちら

四念処の瞑想により私達の4つの構成要素を超え真我に到達しましょう。