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ヨガ・仏教のすすめ[札幌]

札幌ヨガ・仏教の紹介です。札幌でヨガの先生をしているOKAのブログです。

第十八話 四無量心

十五話で予告してまだお話出来ていなかった四無量心について今回はお話します。

四無量心を現代語訳になおすと4つの無量な心、偉大な心ということが出来ます。

その4つとは「慈愛」、「哀れみ」、「称賛」、「無頓着」です。

四無量心は小乗の実践が終わった魂が大乗の修行に移行した魂が行なう実践です。

仏教には小乗と大乗という二種類の流れがあります。
ヒナヤーナとマハーヤーナとも言います。

小乗とは簡単に言ってしまうと、自分自身が解脱悟りに至る自分の煩悩、カルマを破壊する実践です。

大乗とは他の煩悩、カルマを破壊するための教えです。
つまり、言い換えると四無量心とは他を救済する教え、他の煩悩を破壊する教えということが出来ます。

それでは4つ見ていきましょう。


「慈愛」とは全ての魂を慈しむ、育む心です。
ただ、慈愛とは普通の人には生じない心の働きなのです。
ただ幸せにするというわけではなく慈愛というのは他の煩悩を破壊することによる絶対幸福、無常を超えた一元の幸福を与える実践なのです。
また、平等心というのもポイントです。
慈愛とはあの人がこの人がでなくてすべての魂に注がれるものなのです。

慈愛とよく混同するのは愛情です。
愛情と慈愛の違いについて見ていきましょう。

例えば、自分の恋人がいたとします。
恋人が


「好きな人が出来たので別れてください。」


と言ってきたとします。
それにより、苦しんだり一緒にいたい、自分が幸せにできると思った時点で愛情です。
慈愛とは自分に不利益になっても相手が本当の成長ができるなら


「どうぞ、あなたが幸せになるなら応援します。」


と言う。これが慈愛です。
なかなか難しいと思いますね。

愛情と慈愛の同じところもあります。
同じ所は相手に幸福になって欲しいと思うところは同じなのです。
しかし、愛情は自分もそれにより幸福になりたいというエゴが背景になっています。
また愛情は煩悩による幸せです。

慈愛は一切自分のエゴ、幸福を省みること無く、他に解脱して幸福になってほしいとおもう心の働きです。

ということで慈愛というのは一般の人は持ち得ない心の働きということが出来ますね。



次に「哀れみ」を見ていきましょう。

哀れみとはすべての魂が悪業を悲しむ心の働きです。
一般の魂は真理に気づかず悪業を積み、低い世界に生まれ変わります。
それを悲しむ気持ちです。

漢訳の仏典では慈愛と哀れみを合わせて慈悲といいます。


ある先生の話でこんな話があります。
先生は過去世で、真理の教団のトップだったのですが、ナンバー2に五寸釘を打たれて殺されてしまったそうです。
しかし、先生の相手の悪業に対する哀れみ、救済してあげたいという心の働きによりその弟子は今生先生の弟子になって解脱を得たそうです。


仏典にも似たような話があります。
お釈迦様の弟子にデーヴァダッタという弟子が居ました。
過去世ではデーヴァダッタが王様でお釈迦様が修行者でした。

ある時、過去世のお釈迦様は王宮を訪れて王様のお付きの女性たちに真理を説きました。もちろん、前生のお釈迦様は偉大な聖者ですから女性たちはお釈迦様の話のとりこになりました。

これに嫉妬した王様のデーヴァダッタは、お釈迦様を殺してしまったのです。
しかし、その時、お釈迦様はニコって笑って死んでいきました。

その縁によりその後、生まれ変わり、デーヴァダッタはお釈迦様の弟子になり阿羅漢と言われる解脱のステージに到達したのです。

お釈迦様の心の働きが悪業を善業に変えたのです。

慈愛は成長することを喜ぶ心の働きでしたが、哀れみは自分を害する魂に対しての心の働きなので当然、慈愛よりも難しい実践というえるでしょう。



次に称賛を見ていきましょう。
称賛と言ってもただ単に褒める心の働きではありません。
真理にのっとって本当に素晴らしいことを褒め称える心の働きです。

判断基準が真理ということがポイントです。
ですから、沢山食べて素晴らしいですねとか、ギャグが面白いですねという褒め方は四無量心の中の称賛ではないということが出来ます。

慈愛、哀れみを行っている魂は当然徳の優れた偉大な魂になります。
当然、慢も出てくるかと思います。

その状態でひたすら自分の器を広げていく、人のよいところを学び向上していく実践、それが称賛です。つまり、慈愛、哀れみよりもレベルの高い実践といえるでしょう。



最後に無頓着。
いかなるカルマの解放に対しても心を動かさずに慈愛、哀れみ、称賛の修行をしつづける実践、これが無頓着です。

慈愛、哀れみ、称賛というのはカルマの法則で考えたら良いことが返ってくるのである意味楽なのですが、無頓着というのは一切の楽しみ、苦しみに心を動かさない実践、それが無頓着です。

よって四無量心の中でも一番むずかしい実践ということが出来ます。

無頓着はとてもブログだけでは書ききれない崇高な心の働きなので今回は定義を簡単に触れるにとどめておきます。
(もっと詳しく知りたい人はこちらへ→こちら


本来、四無量心は小乗が完成した魂でないと出来ない心の働きなのですが、私達が真似をするだけでもとても利益がある実践だと言われています。
これを大乗的実践と言います。

みなさんも四無量心の実践をしてみませんか。