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ヨガ・仏教のすすめ[札幌]

札幌ヨガ・仏教の紹介です。札幌でヨガの先生をしているOKAのブログです。

第九話 日本仏教を信じるな!

さて、八話で三苦について触れたかと思います。

日本仏教でも、原始仏教でも扱っている言葉は同じでもしっかりと意味合いまで伝わっているのと言葉だけ伝わっているのでは全然違うということを話しました。

 

意味合いが伝わらないと実践につながらないので意味がないですよね。

 

 

今回はなぜ日本仏教が間違っているのかおかしくなったのかについて説明したいと思います。

 

 

今の日本に伝わっている仏教というのは御用仏教と言われています。

御用とは御用聞きの御用ですね。

 

今日本に伝わっている仏教は江戸時代に伝わってきて、仏教を使って民を統治する目的で日本に持ち込みました。

 

しかし、本来仏教というのは真理を追求する、絶対的な幸福を追求するためにあり、国を統治する目的のものではないんですね。

 

当然、仏教で国を統治しようと思ったら都合の悪い教えもあるわけですから都合の良い用に解釈したり情報の欠落が生まれるわけです。

 

 

今日本で一番普及している南無阿弥陀仏と三回唱えれば救われるという教えですが、これは大変誤った教えということが出来るでしょう。

 

例えば、カレーが嫌いな人がいたとして

 

 

「カレーが嫌いだ!」

 

 

と三回唱えたとします。

三回唱えたとしてもカレーは嫌いになりませんよね。

 

それと同じように南無阿弥陀仏と三回唱えたとしても救われないのです。

 

 

南無阿弥陀仏サンスクリット語(インドの古い言葉)に戻すと

 

「ナマ・アミターバ」

 

といいます。

ナマというのは帰依致しますとか、こんにちわとかそういった意味合いがあります。

 

 

アミターバというのは阿弥陀如来のことで何が真理で何が間違っているか識別智が優れた如来様です。

 

つまりナマ・アミターバというのは阿弥陀如来に帰依致します。識別智の修行を頑張りますという意味合いがあるわけです。

 

なので正しい仏教・ヨーガでは、マントラといい、南無阿弥陀仏でなくてナマ・アミターバを何度も唱えます。意味がわからない感じズラズラのお経を呼んでも意味がありません。

実践しないと意味が無いのです。

 

もちろん3回唱えたぐらいじゃ何も変わらないので10万回、100万回、時には1億回以上唱えます。

 

 

話は戻りますが、日本の仏教というのは絶対的な幸福を与えるために伝わったものではなくて民を支配する目的で伝わったものなので、正しくない教えが蔓延っているということができます。

 

他にも理由があります。当時の日本人の知的レベルでは仏教の複雑な教えを全部伝えることが出来ず簡略化された仏教が伝わったということもあるのだそうです。

 

他にも仏教はインド、チベット、中国、日本と多くの国々、距離を介して伝わっているということもあります。

元々インドのパーリ語から漢語、日本語と翻訳を繰り返すので中身が変わってきてしまったのです。

 

 

みなさんは伝言ゲームをしたことがありますか?

 

 

数人で伝言を伝えるゲームなのですが、不思議な事に最初に伝えた伝言が3〜4人介すと全然違う内容に変わってしまうのです。

 

 

それと同じようにインドからチベット、中国、日本と多くの人、長い距離を介して伝わるので伝言ゲームのように全然違う内容になってしまったと。そして日本人の当時の知的レベルや国を統治するための御用仏教にしたいという思惑も相まって元のお釈迦様が伝えた教えと全く違う教えが日本に伝わったということなのです。

 

(もっと詳しく知りたい人はこちらへ→こちら

 

 

それでは今回はこれぐらいにしておきましょう。