ヨガ・仏教のすすめ[札幌]

札幌ヨガ・仏教の紹介です。札幌でヨガの先生をしているOKAのブログです。

第八話 三苦とは

仏教の絶対の真理として三苦があります。

私が始めて三苦という言葉に出会った時は高校の頃でした。

 

私の通っていた高校は仏教高校で宗教という講義の時間があります。

主に漢訳の仏教語を学ぶのですがその中にも三苦がありました。

 

 

三苦とは苦苦、行苦、壊苦だと。

 

 

難しい漢字が並んでいてどのような本質的な意味合いがあるのかさっぱりでした。

お釈迦様が何を伝えたいのかさっぱりでした。

 

ただ私は仏教の時間が好きでなんとなくお釈迦様が深淵な存在で仏教語を学ぶのが好きでいつもテストは100点近くでした。私しか興味がないのでダントツの成績でした。

先生にも仏教大学に行ってお坊さんになったら?と勧められたりしたんですが、

 

日本のお坊さんを尊敬できなかったのでお坊さんになりたいとは思いませんでした。

酒も飲むし、私腹を肥やすし、キャバクラも行くし。これじゃあ普通の人と変わらないじゃないか。

 

むしろ、死ぬ時葬式でお金を巻き上げるので普通の人よりもひどい人のように見えたのです。

 

よって仏教大学へは行きませんでした。

 

 

その理由はヨーガ・仏教を始めて分かりました。

日本の仏教には本来の仏教は失われていてただのビジネスになっているというのです。

煩悩まみれのお坊さんが葬式を上げると高い世界に生まれ変わるどころか低い世界に生まれ変わってしまうそうです。お坊さんの着ている黒い服、これは地獄の色を表しています。

そういえばタイとかチベットとかのお坊さんは黒い服着ていませんよね。

人が死ぬ時黒い光に包まれるので日本のお坊さんは黒い服を着るそうになったのですが、これは殆どの人が地獄に生まれ変わっていることを表しています。

 

 

ということで私は本当の仏教を求めてはいましたが、日本の仏教は信じられませんでした。

 

 

話は戻りますが、大人になり、ヨーガを学ぶに連れて私の先生の体験に裏付けされた分かりやすい説明、仏典の翻訳の努力によって三苦というのは誰もが否定できない絶対の真理で仏教の真髄であることを知ったのです。

三苦とは

 

・本質的な苦しみ

・求めても得られない苦しみ

・無常の苦しみ(壊れさる苦しみ)

 

 

です。なぜこの3つが絶対的真理なのでしょうか。

まず本質的な苦しみですが、病とか、死とか、痛みとか寒さとか、それ自体が苦しみになる苦しみのことをさします。人はこの本質的な苦しみを避ける事はできません。

 

この苦しみをごまかすためにあらゆる欲望を欲求します。

欲求して得られなかったとしたら当然苦しみになります。

それを求めても得られない苦しみと言います。

 

じゃあ、求めて得られたら幸せじゃないかと考えるかもしれません。

しかし、必ずすべてのものは変化します。壊れさります。

お金だって無くなりますし、恋人だって別れるかもしれないし、一生付き合ったとしても最後は死別します。それを無常の苦しみ、つまり壊れさる苦しみと説きます。

 

 

ということで欲求して得られても得られなくても苦しみに繋がるので仏教では現世一切皆苦、つまりこの世界はすべて苦しみなんだと説きます。

 

 

何もしなくても本質的な苦しみがあるし、何か欲求しても苦しみなので全て苦しみですよね。

頭の良い読者の方々は分かるかと思います。これ以外この世界には何もないと。

(もっと詳しく知りたい人はこちらへ→こちら

 

 

ただ、ヨーガ・仏教はそこで暗くなるというのではなくその苦しみを超える方法があるんだと説きます。

その方法はここで随時ご紹介したいと思います。

 

それでは今日はこのぐらいにしておきましょう。